福岡行ったときの飛行機でようやく読み終わった。
三島由紀夫の小説家としてのナルシズムっていうのが、わかった気がする。
彼のサディズムとマゾヒズムをまざまざと見せつけられた。
放心状態だー。
でも、好きかも。またいつか読み返しちゃうんだろうなー。
Officially this is my arena, finally.
昨日の夜から、むさぼるように読み、今読み終わったところです。
高校時代か、浪人時代か、大学1年生のころか忘れてしまったけれど、小沢健二が三島由紀夫のレター教室をオススメしていて、それをきっかけに何冊かの三島由紀夫の作品を読みました。しかしながら、そのとき私が好んで読んでいたのは、精神的というよりは、肉体的な官能美に焦点が当てられた作品ばかりでした。『鏡子の家』とか、『美徳のよろめき』とか、『音楽』とか、そういうもの。『仮面の告白』もそうかもしれない。
だから、去年、『潮騒』を読んだときも、三島由紀夫のイメージが崩れて驚いたのかもしれません。
今回のこの作品は、かなり陳腐に聞こえるかもしれないけれど、とても緻密です。全ての登場人物が登場する意味があるように描かれているように思われます。作中に登場する人物は、その局面局面において、自分になり、友人などの自分を取り巻く人々になる。んーと、すなわち、登場人物の感情の動きを、「あー、そういう気持ちわかるなー」とか、「あのとき、あの人はこんな心の動きだったに違いない」とか、とりわけそれは、目を背けたい、できれば抱きたくない感情なのだけれど、そのように自分に起こった出来事と重ね合わられるように思わせました。
かといって、ありきたりだというわけではなく、そのちょっとした瞬間を思わせる描写は、私は他の読み物ではあまり見たことがありません。
それに、やっぱり美しい。読んでいると、色や音や匂いが目前にあるように感じます。